猪鹿帳

ここはとある小さな病院。

今日も弁慶と望美は忙しく働いていた。

悪戯

慌ただしい診察時間も終わり明日の診察準備をする。
望美は薬品、弁慶は患者データの整理だ。

「今日も患者さんいっぱい来ましたね」
「今月は風邪が流行っていましたから。望美さんは大丈夫ですか?」
「もちろん! 丈夫だけが取り柄ですよ」

望美の言葉に弁慶はにこやかに微笑む。

「あー・・・今月ももう終わりですね」

こんなに忙しいんじゃクリスマスゆっくりできないかな、持っている薬品を手で弄びながら望美はぼんやりと考えた。

「ねぇ、望美さん」

弁慶に背中を向けながら作業をしていたので彼が近づいてきていたことに気づかず、望美は思わず薬品を落としかける。
その手をやんわりと包み弁慶は耳元でもう一度望美の名を囁いた。

「望美さん、trick or treat」
「・・・え・・・・・・えぇ!?」

病院には子供も来るため、院内には常に小さな籠の中に菓子を入れていた。
望美が用意してた菓子は好評で一日で無くなってしまう。
月初めに買い込んでおいた菓子も今日の午前中にはすっかり無くなってしまい、急遽買ってきた分も先ほど終わった。
今手元には菓子類が一切ないのだ。

「家に帰ればお菓子ありますから」
「僕は今、言っているんですよ」

患者には向けられない、愛する人への笑顔。
自分にしか向けられないことに嬉しくなる反面少々焦りもする。

「それでは・・・お菓子の代わりに望美さんを頂きましょうか」

その笑みの後には、甘い悪戯が待っているのだから。