猪鹿帳

死なないで。

願い

戦いも終わりに近付いてはいるのだが。敵も怨霊も尽きることなく現れる。
太刀を受け、払い、斬る。
その一連の動作に慣れてしまったのがいけなかった。
望美に少しの隙と油断が生まれ、がら空きの背後。

「望美さん!!」

風を切る音が聞こえた。振り向けば、ゆっくりとした動きで弁慶の胸に矢が刺さっていった。
目に映る光景が信じられず、否定するかのように望美は首を振る。

「望美!余所見をするなっ」
「神子!!」

呆然と立ち尽くす望美を叱咤する声も遠く聞こえる。

「うそ・・・でしょ」

体中に力が入らなく、崩れるように地に膝が着いた。
弁慶の外套には血がじわりと広がってゆく。
それはまるで望美に現実を叩き付けてるかのようでもあった。
微かに上下する胸を見て生きているとはわかるが。
明らかに死にゆく気配を漂わせている。

震える足を引きずって弁慶に近付き、触れれば真っ赤に染まる手のひら。

「の・・・ぞみ、さん」

うめくように望美の名を呼ぶ。そっと頬に触れる弁慶の手を、赤くなった自らの手で包んだ。

「・・ぃ・・・や。・・・・・いやぁぁぁああああ!!!」

戦場に悲痛の叫びが響き渡った。

神子は舞う。
鬼と化した白龍の神子は舞う。
紅くなりて敵を裂きながら。
流るるは血の涙。

弁慶さん。弁慶さん。
私は傷ついても構わない。
だから、お願い。死なないで。生きてください。

あなたを守るためなら私は。死をも恐れぬ神子になります。

血の海を目に焼き付けて。誰よりも強くありたいと願った。