猪鹿帳

捧げよう、哀しき気持ち。
受け取ろう、花と涙。

ワスレナグサ

八葉も集まり、決戦も間近に迫っている。そのため今日は外の基地で眠ることとなった。

皆寝静まった中、望美は一人夜空をぼんやりと眺めていた。
神子として力は強くなったと思う。けれど、このまま決戦に臨んでも死に行くだけのような気がしてならない。
皆には白龍の鱗のことを言ったけど。


失敗は許されない。


首にかけた鱗を握る。
たとえ時を遡れたとしても。
この運命は、今しかない。ほいほいと変えられるほど私は強くはないのだ。


そんなことを考えていると後ろから気配を感じた。しまった、と思ったときはすでに遅く、望美は深い眠りへと落ちていった。

目を開けばそこは洞窟だった。

「お目覚めですか」
「・・・どういう、ことですか」

手を動かせば鎖の擦れる鈍い音が響く。

「先ほど九郎から聞きました。決戦は明後日だそうです」

望美さん。
あなたと八葉として逢わなければ。
きっとこの想いを告げられた。

「賢いあなたなら僕の言いたいことわかりますね」

弁慶の手に握られる白龍の鱗。蝋燭の光で鈍い光を放っている。

「・・・・・」
「僕は、この運命を変えたいのです」

生きていて欲しいばかりにこんな芝居をすることを許してください。
コレを持っていけば、望美さんは僕が運命を変えに行ったと思ってくれる。あなたの中では生きていたい。
最後だけ、僕にわがままを言わせてください。


さようなら、愛しき神子よ。

どんなに呼んでも弁慶さんは振り返らずに行ってしまった。
そして、皆が探しに来てくれた頃には彼も敵も、跡形も無く消えていた。

数日して九郎さんの軍が撤退する前に、私は一人洞窟へ向かった。
弁慶さんを最後に見た場所。中に入ると奥まったところに机と蝋燭を見つけた。
炎を灯そうと近付くと机の上に一輪の花。
萎れてはいたがすぐにわかった。前に弁慶さんが見せてくれた花だ。

「これはワスレナグサ、というのですよ。僕が死ぬ前にあなたに捧げますね」
「・・・? どうしてですか?」
「ふふっ・・・さ、そろそろ皆さんの所へ戻りましょう」

そう言ってはぐらかされたのを覚えている。あの時は深く考えなかったけど。
萎れた花をそっと手に取り皆のところへ戻り、私は真実に気付いてしまった。

「敦盛さん!これの花言葉ってなんですか?!」
「神子・・・ワスレナグサ、か。『私を忘れないで』だったと思う。」

いきなり泣き出した私を敦盛さんは不思議に思っただろう。
けど涙が溢れて止まらないよ、弁慶さん。

あなたが生きていてくれてると信じて、思い込んで。
神子としてこの世界で生きていくことにした。

私は、忘れない。

きっと、きっと。
あなたは本当の運命を歩んでいるよね。