猪鹿帳

僕を翻弄する罪深き天使。
君には勝てない。

有罪天使

「あぁ、そうだ。明日空いてますか?」

器具を片付けている望美に弁慶は唐突に尋ねた。
いきなりの問いに望美は持っていた器具を音を立ててぶつけてしまう。

「えっ、あ・・・明日はちょっと」
「そうですか。・・・では明後日は?」
「いいですよ」

いつもの屈託のない笑顔で望美は答えた。


望美はアルバイトという名目で弁慶の病院で働いている。少しでも一緒にいられるようにと。
弁慶は弁慶でどうやって望美を自分の目が届くところに置こうか考えていたため、望美の提案に了解したのである。

次の日、昨日誘いを断られた弁慶は一人出かけていた。九郎でも訪ねに行こうと思っていた矢先。

「・・・望美さん?」

少しはなれたところで望美の姿を見かけ、声をかけようと近付いたところ同行者がいるのに気付いた。

「ヒノエと・・・ですか」

気付かないうちに眉を顰め、楽しそうに話している姿を見て嫉妬心も湧き上がる。


自分以外の男に笑いかけないでほしい。


そして、弁慶はそのまま二人の後をついていくことにした。



二人はさまざまな店へと入っていく。
時には望美がヒノエに服などを合わせたりもした。
弁慶は彼女の意図が掴めなかった。
望美自身のものを買うでもなければヒノエに買うでもない。
ただ店を覗いてはしきりに頭を悩ませているだけだった。



ヒノエの冗談などを軽くあしらいつつ何十件か回った後、望美は花屋で何かを買った。

「よかったな、決まってさ。あいつにあげんだろ?」
「うん。えへへっ・・・ありがとね、ヒノエ君」
「ふふっ。姫君とのデートができたからいいさ」

帰りは送るよ、とヒノエが言い、二人は店を出て行く。
だが、弁慶はそのまま立ちつくしていた。


それは・・・誰にあげるのですか?何故、ヒノエと?

弁慶は抑えきれなくなるような感情があふれ出てきそうだった。




望美と弁慶の住む家の玄関でヒノエと望美は礼を兼ねた立ち話をしていた。

「今日は楽しかったぜ」
「わざわざ付き合ってくれてありがとう」
「他の男の用じゃなきゃもっとよかったんだけどね・・・。今度は俺から誘うさ」
「ふふふっ。ありがと」
「さて、俺は殺されないうちに退散するよ」
「ヒノエ君どういう――」

ヒノエは望美の頬に軽く口付けをして。

「またね、姫君」

帰っていったのだった。

「もう、ヒノエ君は・・・・・・ひゃっ!!弁慶さんいつの間に」

呆れつつヒノエの後ろ姿を見送り、家へ入ろうと後ろを振り向くとすぐそこには弁慶が立っていた。
無言の弁慶に望美は不思議そうに彼の顔を覗き込む。

「弁慶さん?・・・ッ」

ばんっ、と弁慶は望美を壁へ追いやり逃げ道を塞ぐよう両手を付く体勢になる。
二人の唇が当たりそうな距離で弁慶は口を開いた。

「どういうことですか・・・僕の誘いを断って他の男と買い物したりして」

蜂蜜色の瞳から望美は目が離せず。

「弁慶さん、なんだか怖い」
「怖い?・・・ふふっ。君のためなら僕は鬼にでもなりますよ」

うっすらと笑った弁慶の表情は策士の頃の彼を思い出させる。背筋がぞくりとした感覚が望美を襲った。

「そのっ・・・今日はいつもお世話になってるし、もうすぐ弁慶さんが病院を開いて一年になるから。そのお祝いに何かプレゼントしようと思って」

慌てて理由を説明する。望美は持っていた紙袋を弁慶に渡した。

「これは・・・種?」
「聞いても弁慶さん欲しいもの無いって言うし・・・いろいろお店を見たんですけどしっくりこなくて、去年のクリスマスに貰ったガーベラを今度は種から一緒に育ててみようかなって思ったんです」

恥ずかしそうに下を見ながら望美は答える。
少しの間が空いて。
望美は腕を引っ張られ、気付けば弁慶の腕の中にいた。

「本当にあなたは罪深き天使だ」

そんなあなただから僕は振り回されてしまうのでしょうね。
息を吹きかけるかのように望美の耳元で囁いてやる。



真っ赤な顔をして、なかば逃げるように家に入っていく望美を見やる弁慶の瞳はとても柔らかなものであった。