猪鹿帳

犯した罪は消えない

この髪を鋤くあなたの指先

暗闇で人々が手を伸ばす。
僕の足を、手を、全身を掴む。

荒い息。
追っ手がそこまで来ている。
守らなくては、彼女だけでも。
その瞬間、胸の痛みに襲われた。
身体から突き出る剣。
ゆっくりと自分の胸を見、首だけで振り返り刺した主を見る。
望美さん・・・何故?
声を出す間も無く剣を引き抜かれ膝から崩れ落ちる。
彼女の表情はわからなかった。

じっとりとした汗をかいていた。
天井を見つめ考える。
愛する人に殺される。それは天からの僕に対する罰なのだろうか。

だが、それも悪くはないかもしれない。

生きる為、愛する人の側にいる為だと言い聞かせながら僕は罪を重ねている。

そうこう考えているうちに数日目。
弁慶は一向に寝れない夜を過ごしていた。
薬を作って気を紛らわし、うたた寝程度で朝を迎えるというのを繰り返した。
今日も例外ではなく蝋燭に火を灯し薬を作り始めると、小さな足音が自分の部屋の前で止まった。

「弁慶さん」

小さめに開いた襖から望美が半分だけ顔を覗かせた。

「どうしたのですか・・・もう眠らないと明日辛いですよ」

すると望美は思いっきり襖を開ける。

「弁慶さん、今日は一緒に寝ましょう!」
「・・・の、望美さん」
「大丈夫です。枕はちゃんと持ってきました」

いえ、そういうことではないのですよ。と言う弁慶の言葉を無視し、望美は弁慶の布団に潜り込む。

「寝ましょう!薬は明日作ればいいんです、さあ弁慶さんっ!」

このままにしておくと無理やりにでも布団に追いやられると思った弁慶は大人しくそれに従う。
布団は先に望美がいたからか、ほんのりと暖かかった。
お互い向き合う姿で横になる。

「望美さん一体どうしたのですか」
「一緒に寝たかったんです」
「・・・望美さん」

少し強めに問う。いくら二人が仲間以上の関係だからといってむやみやたらに床を共にしない。

「弁慶さん、ここのところあまり寝てないですよね」
「・・・」
「最近ボーっと考え事してたり、今日なんか九郎さんとの会議の時うたた寝してましたもん」

突然の言葉に詰まる。弁慶にしてみれば表には出したつもりはなかった。

「ええ・・・最近寝てませんね」

眠れない、とは言えなかった。
望美のことだから余計心配してくるだろう。

「だから、今日は無理やり寝てもらいに来たんです」
「だからといって、夜むやみに男の部屋に来てはいけませんよ」
「今日は特別です・・・少し一緒に寝たかったのもありますけど」
「え?」
「なっなんでもないです!おやすみなさいっ」

寝返りをうち自分に背を向けた望美の身体を抱き寄せる。

「おやすみなさい」

そして、ありがとう。
望美の額に優しく口付けして、弁慶は少しの間目を瞑った。

ごそごそと身動きする望美さんに気付いて目が覚めた。
目が合うと照れくさそうに笑いかけられる。
ふわりと香る望美さんの香りと、優しく撫でられる感じに僕はいつの間にか深い眠りについた。